清水寺から将軍塚へ
2015-5-13 27名
コース 京阪電鉄「清水五条駅」9:30~五条坂~清水山~将軍塚東山公園―青蓮院-
青蓮院大舞台ー円山公園
前夜来の台風状況が気にかかったが からりと晴れて爽やかなハイキング日和になった
京阪五条駅から 五条通りを観光客の流れと一緒に東へ進み 東山五条から 西大谷本廟
の墓地横の清水坂のゆるやかな坂道を歩く
西大谷本廟の墓地郡
忠僕茶屋 舌切茶屋
150年前の幕末に 安政の大獄で非業の死を遂げた清水寺参内の成就院住職の
兄弟月照上人 新海上人に仕えた近藤正慎、大槻重助の子孫の茶屋
忠僕茶屋(大槻重助)
月照上人の九州下向に付き添い 上人の入水後その遺品を京都に持ち帰った後
捕えられ六角牢獄いれられ 後に江戸牢獄に送られ新海上人に巡りあい 後に
解放されて清水寺に戻り茶屋を営み乍ら 月照、新海上人のお墓を」守り続けた
舌切茶屋(近藤正慎)
月照上人の友で上人が西郷隆盛と共に九州へ下向した後 捕らわれて六角牢獄
で上人の行方を問われて拷問を受けながらも 白状することなく 舌を噛み切り
牢獄の壁に頭を打ち付け壮絶な最後を遂げ 月照上人を守りぬいた
清水寺はその妻子が境内で茶屋を営業することを認めた
(近藤正慎は 俳優の近藤正臣のひいお祖父さんに当たる)
阿弖流為 母禮 の碑
平安初期の蝦夷の族長で 北上川流域を支配していた
789年征東大将軍 紀古佐美軍を破る
802年征夷大将軍 坂上田村麻呂に降る
田村麻呂の助命にもかかわらず 河内杜山で斬殺された
田村麻呂が創建したと伝えられる清水寺境内に
平安遷都1200年を記念して平成6年(1994)に顕彰碑建立
( 枚方市牧野公園内の首塚にも平成17年(2007)に「阿弖流為 母禮」の 石碑建立している)
音羽の滝 子安塔
音羽の滝
鴨川の地下伏流水が東山断層の割れ目から噴出し音羽山の雨水が加わり
瀧に流れ落ちている 一口だけ口にするのが正しいいただき方で 二口飲むと
ご利益が2分の1になるそうな
子安の塔
聖武天皇 光明皇后が千手観音に祈願され 孝謙天皇を安産されたので
その報恩の為に建てたという
平成25年に修復が完了し鮮やかな朱塗りの塔が空中にくっきりと聳えている
清水寺の舞台
チョット モデルになってネ!
清閑寺
創建は802年でこ清水寺と並ぶ大寺院だったが応仁の乱
で焼失し 本堂と菅原道真が梅樹から彫像したいう
十一面観音像が現存している
宮中一の美女といわれ高倉天皇の寵愛を受けた小督局
は清盛の娘であった為 清盛の怒りを買って宮中から
追い出されたあと この寺で出家させられた
高倉天皇陵
天皇は自分」が死んだら局のいるこの寺に葬るよう遺言
を残し21才の若さでこの世を去った
高倉天皇陵の傍らに天皇の死後生涯にわたって菩提を
弔った局の墓がある
郭公亭跡
安政5年(1858)清水寺成就院の月照上人が西郷隆盛と
密かに会合して 都落ちの計画をたてた有名な茶室跡
他にも話題
・明治の画家「黒田清輝」絵のインスピレーションを得た場所
・与謝野礼厳(鉄寛の父)和歌
「年を経て 世に捨てられし 身の幸は
人なき山の花を見るかな」
歌の中山清閑寺・・・・・・・清水寺から清閑寺までの山道で紅葉 桜が美しい
(歌の中山清閑寺とワンパックになった言い回しが古くから使われている)
昔 清閑寺の真燕僧都(しんえんそうず)という人が ある夕ぐれ門外にたたずみ
行きかう人を なんとなく見ていると、一人の美しい女性が通りかかるのが目にとまった
平素は禁欲の身であるが ふと異性に対する愛情が起こった
呼びかけるすべもないので 思いつくままに「清水寺への道は何れぞ」と尋ねると
女は「見るにだに 迷う心のはかなくて 誠の道をいかで知るべき」と言って姿を消した
その女は化人の類であるか 或いはこの寺のご本尊十一面千手観音菩薩の化身とも
いわれるが いずれにしても歌の戒めに因んで「歌の中山」と呼ばれている
清水山山頂 三角点 242.5m 東山公園で昼食タイム
小学生の団体が賑やかにお弁当を食べていた
青蓮院 別名「粟田御所
創建 1150年 開基 行玄 本尊 織盛光如来(天台宗に伝わる密教の本尊)
天台宗比叡山延暦寺の五ヶ室門跡の一つとして 皇室と関わりが深く高い格式を
誇ってきた
青蓮院門 青竜殿
国宝 青不動明王
密教において宇宙のすべてを司る大日如来の
化身が不動明王である
右手には魔を退散させ人々の煩悩を断ち切る
剣を持ち
左手には悪を縛り上げる羂索(けんさく)を持つ
日本三大不動明王像
青蓮院 青不動
三井寺 黄不動
高野山 赤不動
将 軍 塚
794年に桓武天皇は都の鎮護のために、2,5m将軍像を土で作り 鎧兜を着せ
鉄の弓矢 太刀を附けて塚に埋めた
国家の大事があると将軍塚が鳴動したと伝えられている
青蓮院大舞台から京の街を眺める 青蓮院大舞台全景
ガラスの茶室
2014年10月4日建立 標高200m
清水寺の舞台の約5倍で1046㎡
眺望の広さにびっくりしながら 御所 大文字焼きの(法 妙
舟形 左大文字 鳥居形) 双ヶ丘等と確認して嬉しい
ガラスの茶室には驚いたが 強い日差しにさらされている
ガラスのベンチに座ると暑さがなく不思議だった
知恩院の鐘 昔年大晦日に 祇園八坂神社におけら詣りの後
火縄を回しながら この鐘つきのための長い行列に並び
重々しい鐘の響きが続いていた事を思い出す
青蓮院から知恩院を通りぬけ 観光客で賑わっている
円山公園を通り抜けて解散になる
お疲れ様でした 楽しかったよ!!
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