2016年11月30日水曜日

枚方山歩きの会







  小豆島・寒霞渓~星ヶ城
                            2016-11-19.20    23名
   行程
      1日目 京橋=大阪=姫路=日生港(乗船)=小豆島大部港=島内観光=ホテル
               
      2日目 ホテル=紅雲亭ー表十二景山道ーロープウェイ山頂ー星ヶ城東峰ー
           裏八景山道ー石門でバス乗車=坂手港=神戸港

スケジュールの説明と注意事項
日生港












乗船時間60分ゆっくり食事を楽しむ

日生~大部(フェリー)











関西空港工事の為に削られた岩山

大部港で下船、島内観光バス乗車












             二十四の瞳映画村                                     
少年少女になって竹馬遊び












 大部港からバスで島内を50分走って「二十四の瞳映画村」到着 

 「壺井栄文学館」 「キネマの庵」 「岬の分教場」「二十四の瞳館」 「郷土のお土産屋数軒」・・・


醤油豆。醤油アイスクリーム。小川に鯛が泳ぎ餌100円

高峰秀子と生徒達
















コスモスいっぱい潮風に揺れる

昔の暮らし












壺井栄の足跡

  壺井栄 明治32年(1899)  香川県小豆島町坂手生まれる
  大正14年 26歳 壺井繁治と結婚 昭和2年~9年 繁治は思想犯で入出獄を繰り返す
  昭和27年 53歳 「二十四の瞳」を雑誌「ニューエイジ」に発表
  昭和42年 67歳 死去 「みんな仲良く」が最後の言葉だった

                オ リ ー ブ 公 園















  ギリシャ風建造物  いい香りが館内に立ち込める

オリーブの摘み取り

  オリーブ製品いろいろ販売
    
  オリーブオイル 化粧品、食用油、ハンドクリーム
  生オリーブ、 オリーブの苗木

  お土産売り場では籠に思い思いの商品をいれた客の
  行列が長く伸びている



               シーサイドホテル松風泊
シーサイドホテル松風
鮮魚満載 和牛も柔らか 満腹












美酒 美味 歓談に満悦
2日目  ホテルー紅雲亭ー表十二景山道ーロープウエイ山頂ー星ヶ城東峰ー山頂(昼食)
       -裏八景山道ー石門(バスに乗車)-坂手港乗船ー神戸港(解散)


  寒霞渓 (日本三大渓谷)

   紅雲亭から表十二景山道は約2キロを1時間ほどで登るがグループから
   分かれてロープウエイで 紅葉した渓谷を眺めながら山頂に到着













    寒霞渓はおよそ1300万年前の火山活動によって疑灰角礫岩などが奇岩怪石の
    絶景をつくりあげた
    明治初期の儒学者 藤沢南岳が「寒霞渓」と命名した


落ち葉の山道を下る
星ヶ城跡

 星ヶ城山往復










 
 星ヶ城山は東峰(816,6m) 西峰(804,9m)が約400m隔てて並んでいる
 南北朝時代に 備前の豪族佐々木信胤が南朝方に呼応し 防御の拠点とした山城である

 おりしも小雨が降りだし 雨合羽やスパッツの装着など手慣れた動作で身支度する
 簡単に着る人 重装備する人等個性があり ひやかしたり 笑われたり

 昼過ぎに中央広場に下山して レストランで昼食する、 雨もあがった 
中央広場に寒霞渓石碑
レストランのお弁当











裏八景山道を下る
足元気をつけてー
鹿岩












まつたけ岩
大師洞と不動明王












   裏八景山道は荒れていて 先刻の雨に小岩 大岩が濡れてすべりそうで緊張するが
   陽気な男性諸君の励ましの声が響いて 元気がでる
   
   リーダー氏は下山の足を早めながらもチャーターバス運転手と時間の連絡をとりながら
   全員の安全と歩行速度に掛け声をかけられ、全員怪我もなく下山しバスに急いで乗る

               坂手港でフェリーに乗船(15:45)













 乗船時間 約3時間 大部屋でそれぞれ 着替えやリュックの整理し 昼寝する人もあり
        
 酒宴に盛り上がってご機嫌な面々 
     ・ 特殊人間が現れ体の柔軟性をご披露(立って前屈 腕の肘まで) I
     ・ それを見て 開脚180°ご披露    A氏(週3回ジムで鍛える)
     ・ 「私は3時間正座してからでもすっと立てます」   O氏(能楽師)
     ・ 趣味で毎日車で農園に行く 6:00~17:00 約800坪 氏(収穫祭に有志者参加)

  わいわいと楽しく盛り上がっているが リーダー氏は近隣の乗船客に丁寧に詫びご挨拶
  我々メンバーは相変わらず上機嫌でござる

  神戸港に19時到着下船  ロビーで解散の挨拶  お疲れさま   有難うございました

2016年11月21日月曜日

出雲大社




 神在月の出雲大社
                            2016-11―10   22名
  
  行程
  京都駅前(7:00)=京都竹田(7:30)=出雲大社(団体祈祷)=京都竹田=京都(21:20)

   「 神在月 」   むかしむかし日本の国造りをされた大国主命は 天照大神に国譲りを
        されたとき現世の政事(まつりごと)は天照大神に、人の縁など目に見えない
                   ことは大国主大神が治めることになったといわれている

        全国の神々は旧暦10月11日から17日までの7日間 出雲の地で神事
        (神業 かみごと) すなわち人には予めそれと知ることのできない人生諸般の
        事など神議(かむはかり)にかけて決められるといわれている
 
滋賀観光バス(運転手2名)

 女性参加限定コースで 一人参加者は2シートを1人で  
 ゆっくり坐る
 間もなく朝食のクロワッサンとオレンジジュースがくばられた

加西SA 9:15 トイレ休憩









大山PA 11:15 トイレ休憩
大山を車内から眺める









   



  バスは中国自動車道をひた走り 勝央SAでお弁当が積み込まれると直ぐに銘々に配られ
 早速に蓋を開いて幕の内弁当を食べ始める 良い味加減で美味しく頂く


  お弁当の包装紙に京の「通り歌」が印刷されて、鼻歌まじりでお箸が和む


東西の通り


    丸竹戎に押し御池 姉三六角蛸錦

    四綾仏高松萬五条 雪駄ちゃらちゃら魚の棚

    六条三哲通りすぎ 七条超えれば八九条

    十条東寺でとどめさす
   







南北の通り






  
  
  寺御幸麩屋冨柳堺
           
  高間東車屋町 烏両替室衣 

  新町釜座西小川 油醒ヶ井堀川のみず

  葭屋猪黒大宮へ 松日暮知恵光院 

  浄福千本はては西陣



稲佐の浜の弁天島
屏風岩 別名国譲り岩











 「稲佐の浜」 旧歴10月10日国譲りの地である稲佐の浜にて
                       ご神火が焚かれ浜にやってくる神々をお迎え
                      する「神迎神事」が行われる
 

   高天原から使者として派遣された武甕槌神(たけづちのかみ)は屏風岩を背にして
   大国主大神と国譲りの話し合いをなされた 大国大神は「和を尊し」として戦うことなく
   国譲りをされた

日本一大きい国旗
広さ畳75枚 重さ49㎏ 

いよいよ出雲大社に来た











 旅行会社の ツアー参拝者が大勢で雑踏のようになって
  各添乗員の黄色い声が飛んでいる







    神楽殿  大注連縄(長さ13.5m太さ8m重さ4,4t)  参拝は二禮四拍手一禮


拝殿 左奥は本殿
西十九社












 神在祭(かみありさい) 本年は11月10日 14日 16日に御本殿にて斎行される

 十九社祭(じゅうくしゃさい) 東十九社 西十九社
           御本殿の東西に相対して鎮座するお社で 通常全国の里々に
           おまつりされる八百萬神のお宿で この期間だけは扉がすべて
           開かれ毎朝祭事が斎行される


           ・ 神官の祝詞奏上の声がしんとした場内隅々に朗々と響き渡る
           ・ 巫女のかざす神楽鈴の音色が清らかに華やかに鳴り響く

古代出雲大社の想像図
発掘された直径1.35mの柱











 日本書紀に 「659年斉明5是歳条に造らせる」とある

 平安初期の源為憲(みなもとのためのり)が書いたもので 社の大きさの順位を暗記しやすい
 ようにゴロ合わせなどを記している
 「大屋を誦して謂う。雲太、和二、京三、」と書かれている
 雲太・・・出雲大社。和二・・・東大寺大仏殿。 京三・・・京都大極殿(今の平安神宮)

 出雲大社現在の本殿は1774年(延享元年)に造営され高さ8丈(約24m)の建造物三度の
 修繕を加えながら今に伝わっている
 古代には32丈(96m) 中世には16丈(約48m)だったとつたえられている

 出雲大社宮司 千家(せんげ)家には 古い時代に書かれた出雲大社本殿の平面設計図
 「金輪御造営差図(かなわごぞうえいず)には 
 巨木3本を1つの柱として組み 全9本の巨大柱が本殿を支えた構造が記されている


出雲大社宮司千家(せんげ)宅
出雲大社宮司が就任したら 宮司は一年間精進潔斎して
皇居に出かけ 天皇の前で出雲壽詞(よごと)を奏上する

天皇は毎年出雲大社の例祭に勅使を派遣し御幣物を献上
皇室で慶事があれば出雲大社で神事を行い 御札を贈る

皇室の凶事は 出雲大社も喪に服す
現在の千家氏の長は「千家国磨」 85代目の「出雲国造」
となる2014年10月天皇家の高円宮典子さまとご結婚された



神話 因幡の白兎
帰路 
 出雲15:40=蒜山SA(トイレ休憩)=赤松PA(トイレ休憩)=近鉄竹田駅20:50=京都駅21:20
  バス走行距離750キロ                 お疲れさまでした